米国けんきゅうにっき

はじめまして!2001年に日本を飛び出し米国へ。研究分野は化学でしたが、2005年のはじめに職場を東海岸から山の中へ移し、その際に研究分野も大きく変えました。そして2010年に結婚とグリーンカード取得。さらにさらに2011年夏に再び1800マイルを東に向かい、新天地、ミシガンに生活の場を移しました。せっかくの貴重(?)な人生なので、日々の出来事を残しておくことができれば幸いです。

移民ビザ

とうとう妻もグリーンカード取得

 タイトル通りとてもめでたい日である。

 思えば個人的には妻の永住権についてはかなりいろいろと悩んでいた。というのは彼女は日本では大学院の博士課程に在籍しており、博士取得にはあと最低2年はかかるはずであったのだ。そんななか3月11日の東日本大震災、それに続く福島第一原発の事故がおこり、私たちも一つの決断をしなければならなかったのである。

 妻曰く、地震の日は彼女は研究室で実験をしていたとのこと。そしてそのあと大学の近傍にある後輩の部屋に一時避難していたそうだ(その際にやっと連絡を取ることができた)。その直前に福島第一の水素爆発を報道で知ったので、部屋から不用意に出ない様に妻に指示するとともに米国行きの航空券の手配をした。そのあと彼女はなんとか自宅(実家)にもどることができたので、家族と相談しながら米国に来ることを強く勧める。幸い彼女はB2ビザを所持していたので、米国に6ヶ月は滞在できるのだ。

 これら一連の決断はワタシをかなり悩ませた。というのは、まだ彼女の博士課程在学中という道半ばの状態なのにワタシのある種のわがままを通してしまうことに対する是非を自分に問いかけたり、私自身の職務が安定していないことに対して不安を感じていたり、である。ただあのときはまず放射能の影響に対してとても心配していたこと、さらに博士課程の研究を続けるための研究施設である大学の施設が大きなダメージを受けておりいつになったら研究が再開できるか目処がつかなかったことなどから、結局は妻にはこっちに来てもらうことにしたのである。

 さて妻がこっちに来てからである。最初は日本の状況に応じて今後をどうするか考えていた。現に彼女に買った航空券は7月中旬に帰国の予定であった。だがいろいろと議論した結果、B2ビザから永住ビザへのAdjustment of Statusを申請することにした。これはワタシが永住権を取るときに雇った弁護士とも相談し、法的に可能であることを確認した結果でもある。

 ここで明確にしておくが妻と結婚したのは5月10日、ワタシが永住権を取得したのが6月8日である。つまり妻は永住権保持者であったワタシと結婚したのではなく、永住権取得前のワタシと結婚したのである。あくまですでに永住権を保持しているヒトと結婚したわけではないので、そういった場合、以下の話が適用できるかは不明であることを付記しておく。

 以下、妻のB2ビザから永住ビザへのステータス変更(Adjustment of Status)のタイムテーブルだ。

2011年3月23日 妻、入国(入国管理官に対して日本への帰国意志は明示)
2011年4月19日 弁護士に彼女のステータス変更に関する質問をする
2011年6月30日 メディカルチェック
2011年8月11日 Bozemanから引越し
2011年8月16日 Ann Arborに到着
2011年8月17日 弁護士に書類を発送
2011年8月23日 USCISに書類提出
2011年8月26日 Received Date
2011年8月31日 Notice Date
2011年9月6日 レシートを受け取る
2011年9月19日 バイオメトリクスのお知らせ
2011年9月29日 Detroitでバイオメトリクス
2011年10月21日 EADとAPが到着
2011年12月24日 RFE(Request for Evidence)を受け取る
2012年2月14日 サポート書類を弁護士に発送
2012年3月1日 永住権認可
2012年3月7日 ウェルカムレターとグリーンカード到着

 書いていて気がついたのだがpriority dateが2010年3月22日となっていた。これはワタシのI-140のpriority dateと一致する。つまり、まあ当然のことなんだがワタシの永住権申請と紐付けされているんだね。まあこの一致がそれ以上の何を示しているのかわからないけど。

 これがすべてであるが、最後に感想でも。とにかく疲れた、この一言に尽きるのである。

妻が米国入国するためのビザ

 前エントリーで5月10日付けで妻と入籍したことにより、妻はワタシのサポートによりGC申請の権利を得たことについて話した。このことにより、今後はワタシはI-824をUSCIS提出することで、日本にある米国大使館に妻のビザ申請条件が通達されることになる。その一方で彼女は日本の大学で学生をやっており、あと最低2年半は日本で就学しなければならない。従ってI-824を提出するには時期尚早となるのだ。

 そうなるとよりいっそう複雑になってくるのが彼女がワタシに会いに米国に訪問するとき。ワタシの妻、すなわち米国永住権保持者の配偶者となった彼女はもはやVisa Waiver Program(VWP、90日以内ならビザなしで米国に入国することができるプログラム)を利用できない、というか入国審査の際に入国が許可されるかどうかはフィフティーフィフティーだとか。そういうわけで弁護士に観光ビザ(B2ビザ)を取得するようにすすめられた。

 さてB2ビザだが、現在の日本国民はVWPが利用できるため、このビザを申請しても認可されないことが多い。実際、ネットで簡単に調べてみても認可されなかった例が大多数を占めている。しかし、そのB2ビザが認可されなかった体験談を読んでみると、申請者側に多くの問題が見られる。たとえば、別のビザを申請中なのにB2を申請して却下されたり、ろくに書類を用意してなかったり......

 基本的に永住権の申請も含めたビザの申請は書類がしっかりしており正当な理由がある限りは、却下される謂われはない。今回の妻のB2ビザもちゃんと正当な理由を示せたため問題なく認可されたわけだ。事前に情報を調べて見たら、上記のように不吉なことしか書かれていなかったわけなのだが、ワタシが状況を説明したカヴァーレターを書いて彼女の面接の際に提出したら、そのレターしか読まれず、速やかに10年有効のB2ビザが認可されたそうだ。

 私たちのケースは弁護士が言うB2ビザが適切だという判断の下でうまくいったわけだが、多くの却下ケースはそうではないんだろうね。その辺をきっちり見極めて、言い換えるなら、しっかり事前に勉強してビザ申請に臨むべきだとおもう。ネットではそういう態度でないヒトがあまりに多すぎる様に見えるのだ。

永住権保持者との婚姻

 このブログの更新も1月ほど空いてしまったので、久々に更新。今日のテーマは永住権と婚姻についてね。

 気づいた方が居られるかもしれないが、5月10日に婚姻届けを提出した。もちろんワタシは米国に居るので、妻に頼んで必要な書類を妻の地元の役所に提出したのだ。

 さて、ではなんでこの時期に急に婚姻届けを出したのか?これはワタシのグリーンカード取得に大きく関わっている。

 外国人が米国のグリーンカード(GC)を申請する場合、重要な要素の一つに結婚しているか独身かというものがある。もし結婚していればI-485(Adjustment of Status)を提出する際に配偶者(及び自分の子供)の分も一緒に提出するのだが、もし後者の場合は当然、このプロセスはない。ここで重要なのはこのI-485提出の際に、例えば交際しているヒトがいて結婚をどうするか考えている場合だ。

 この場合、二通りのチョイスがある。まず注意しなければならないのが、上記の状態から永住権取得後(I-485の認可日の後)に結婚した場合だ。この場合、永住権(GC)保持者は配偶者のグリーンカードサポートを直ちにはできない。GC保持者は配偶者のGCサポートを行えるが、一般的にその配偶者がGCを取得するのは非常に時間がかかるといわれている(現状に明るくありませんので、このブログの情報を鵜呑みにするのではなくしっかりと専門家にご相談されることを勧めいたします)。また嘆願書を提出した後は一緒に暮らすことがひどく困難になる。これは一緒にGC保持者と暮らすために米国で合法的に滞在することのできるビザの取得が難しくなるためだ(これも詳しくは専門家にご相談ください)配偶者のサポートをできるのはGC保持者が米国籍を取得した後となる。ちなみにGC保持者が米国籍を取得できるのはGC取得後5年である。従って、GC取得後に結婚すると配偶者は場合によっては5年以上かかってGCが認可されるため、結局は相手の市民権取得ののちにGCが認可されるというケースとなり、がGC保持者によるGCサポートを受けられるのが最低でも5年後ということになる。まあこれは言い換えれば、米国籍の人間と結婚すると同義になってしまうことが多々あったそうだ。

 もう一つの方法として、GC認可前に婚姻をするというものがある。これは私たちの今回の例がこれに相当するわけであるが、I-485提出時には独身でGC認可時には結婚した場合、結果的にGC保持者の配偶者となるためGC保持者は配偶者のGCサポートをできるのだ。ただし、普通のGCプロセスのようにI-485による申請(AOS)ではなくConsular Process(CP)というものになる。違いはAOSの場合、配偶者は米国に滞在してなければならず、そのために何かしらのビザを取得しなければならない。しかし、CPの場合、GCの申請は大使館を通して行われるため、自分の国に滞在しなければならない。故にCPの方がフィアンセビザなどで米国に入国してからAOSで申請するよりも早いプロセスが期待されるそうだ。(それにGC保持者はフィアンセビザのサポートはできない、上述の理由で)

 私たちの場合、4月5日にI-485を移民局に提出し、5月10日に婚姻(この日にI-485受諾)、そしてGC認可が6月8日というタイムフレームである。このI-485受領日からGC認可日の期間がどれだけになるのかは、まさに神のみぞ知るというものだ。だから婚姻する前にGCが認可されてしまったら5年以上は事実上一緒に暮らせなくなるというリスクがあった。またI-485が受諾される前に婚姻してしまうとI-140/I-485が虚偽の記載となってしまう。それ故に、I-485がUSCISに受け付けられたことを確認してから婚姻届けを提出したのである。

 本来ならばワタシが日本に行き、彼女の親御さんや親戚と顔合わせをして婚姻届けを提出するというのが筋なのだが、今回の場合はワタシはAP(出国許可書)が発行されておらず、米国を出国できない状況にあったわけだ。そしてGC認可のタイミングが一切不明の状態だった上に上記の理由から、妻に提出してもらうこととした。

 ワタシのGCが想像以上に速やかに認可されたため、5月10日に入籍したのは良い判断だったと思う。そして実際、こういった情報を知らずにGC保持者と結婚するカップルがおり、最低でも5年以上離ればなれで暮らさなければならないという状況がしばしば起こっているのだそうだ。


追記

 上述のエントリについての誤りの指摘がありました。有用な情報だと思うのですが、管理者のみの閲覧となっておりましたので、ここに追記として転載させていただきます。なお指摘内容はワタシの解釈の限りにおいて、できるだけ訂正いたしましたが、それでも至らない部分があると思いますので、下記のコメントをあわせて参考にしていただけましたら幸いです。

かなりいい加減なことを断言しているので訂正なさった方が良いと思います
「永住権(GC)保持者は配偶者のグリーンカードサポートを直ちにはできない」とハイライトしてまで断言されていますが、それは明らかな誤情報ですね。http://www.uscis.gov/portal/site/uscis
の情報をご覧になるか、専門家にもう一度確かめてから過去ログであっても文章を訂正されることをお奨めします。
GC保持者がGC取得後に婚姻して、配偶者をスポンサーすると、これまで5年位待機せねばならなかったので、その間に市民権申請のステータスを確保できてしまったことから、「市民権を取ってからでないと配偶者のスポンサーが出来ない」との誤情報が巷に流布したことは承知してます。未だにそんなことをブログで確実な情報のように書いているのは如何なものかと思います。
ちなみに、理由は定かではないのですが、GC保持者の配偶者の申請処理がカレントになる優先登録日が、2010年6月から急変しています。2010年8月時点では優先登録日が2009年3月1日、10月には2010年4月1日となっており、わずか半年前の申請がカレントになっています。
ビザ関連の政治的な背景などの解説は、比較的まともなことを書かれているようですから、手続き的な事実は十分にチェックされてからブログに書かれることをおすすめします。


社会保障カードの更新

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先日の永住権取得に伴い、いくつかやらなければならないことがある。その一つに社会保障番号(Social Security Number、SSN)のアップデートだ。

形はどうあれ、米国で働いたヒトはSSNを申請しなければならない。経験者の方ならわかると思うが、Social Security Administrationのオフィスに行って申請するわけだ。そして絶対にカードをなくさない様にとSSNを他人に知られないようにといわれるはず。ワタシの記憶では、カードをなくしても再発行されないから気をつけるようにとも言われた。そんなカードなんだが、グリーンカードとは異なりかな~り安っぽいカードである。だからあんまり重要そうに見えないんだけどね。

この間、復職のために大学のオフィスに行った際、このカードをワーキングパーミットの代わりに使えないのかと聞いたところ(その時点ではグリーンカードは届いてなかった)、ワタシのカードには"VALID FOR WORK ONLY WITH INS AUTHORIZATION"と記載されているからダメなんだそうだ。つーか、このステートメント、初めて気がついたわ。で、同僚のKim(米国籍)に聞いたところ、彼女のカードにはこの文言はないとか。つまりHやJビザのような非移民ビザではソーシャルセキュリティカードは制限されているということになるね。(もしかしたら発行時に説明を受けたのかもしれないけど、その当時のワタシの英語力では全く理解できなかったのだろう......)

そういうわけで、ここBozemanのSocial Security Officeに行ってきました。ワタシはデラウェアでSSNを申請したので、この街のオフィスには行ったことがなかった。そんで周りに聞いてみたのだが、どうもウェブの情報と食い違う。つまり最近、移転したみたいで町外れのへんぴな場所が現在地であった。

デラウェアのオフィスは結構、混み合っていた記憶なのだが、この街のそれはスゲーすいていた。一応、番号札をとるんだが、あっという間に呼ばれたわ。

窓口では最近、グリーンカードを取得したのでカードの更新を行いたいと言うと、すぐにわかったらしく、両カードの提示を求められた。んで、係官の女性はワタシのGCをしげしげと眺めて曰く「カードデザイン、新しくなったのね!またホントーの”グリーンカード”になったわ。」と。その辺の話は聞いたことがある。確か、前のデザインはピンク色で記載されている文面が読みにくかったとか。それ以上にグリーンカードなのに”ピンク色”とはちとやだなぁとは思いそう......

まあとにかく、さらにID確認(ワタシはパスポートを持って行ったがドライバーズライセンスでもいいらしい)後、個人情報の確認(両親の名前やら母親の旧姓、ワタシの誕生日等)でおしまい。新しいカードは1週間ほどで郵送されるそうだ。で、古いカードは破棄されてしまいました。9年もともにしたのになんだか寂しい感じ......

改めて、新しいステージに立ったことを感じるのであった。

ぐりーんかーどをてにいれた!!!

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 ついにグリーンカードを手に入れた!やってきた封筒は質素そのもので、差出人がだれかもわかりにくい。でも封筒を開けると確かに移民局からのもの。中にはグリーンカードとApproval Notice、そして”移民のみなさまへ”風のパンフレットが同梱されていた。今のグリーンカード、すなわちI-551はニューデザインらしくICチップが含まれているため、ほかのICチップを含むカードと誤動作を起こさないように(SuicaとFelicaを一緒に使えないみたいな?)同封されている内側がアルミのケース(って言ってもちゃちなもの)に入れるようにと書かれていた。

 さてグリーンカード、表面にはワタシの顔写真と指紋、誕生日にケース番号、外国人登録番号にどのカテゴリーかを示すコード(ワタシの場合、EB2 National Interest Waiverを示すE26)が記されている。裏面はビザスタンプの下部にあるような英数字のコード番号のようなものに、ウォーターマーク、そして磁気読み取り部分がある。

 なにはともあれ、一つの大きな仕事を達成したなぁ。今、振り返ればホントーに大変だった。同僚のDも今、NIWの申請準備をやってるけど、もうオレはやりたくないね。もちろんそんな必要はないんだが。

 そんななか、一つの疑問がある。まだ手元にI-94(米国に入国するときは米国籍・永住権保有者以外はすべて記入しなければならない機内でわたされるやつね)が残っているのだ。通常、これは面接の際に回収されるものらしいが、雇用ベースの場合、面接があることの方が珍しいらしい。まあ、次回の出国の際に空港で係員に渡せばよいんだろうけどね。

 さてさて、ここでワタシの場合のGC取得までのタイムラインをまとめておく。EB-2 NIWで申請するヒトの参考になれば幸いだ。

2009年4月23日  弁護士にコンタクト
2009年6月19日  弁護士とNIW嘆願に関する契約をする
2009年7月14日  一時帰国のため、作業中断
2009年8月9日   帰米のため、作業再開
2009年9月2日   最初のレター草稿完成
2009年9月24日  二人目のレター草稿完成
2009年10月6日  三人目レター
2009年10月19日 四人目レター
2009年12月3日  五人目レター
2010年1月11日  六人目レター
2010年1月16日  七人目レター(予備、結局使わなかった)
2010年2月2日   AOS申請も同弁護士に依頼(これでコンカレント申請に)
2010年2月13日  日本人行政書士に戸籍謄本の英訳依頼(AOS申請に必要)
2010年2月19日  ツベルクリンテスト
2010年2月21日  ツベルクリン陰性判定
2010月2月23日  ワクチン接種とmedical exam発行
2010年2月24日  すべての推薦書そろう
2010年2月25日  公証付き戸籍謄本英訳を受け取る
2010年3月1日   すべてのサポート書類を弁護士に発送(Fedexを使った)
2010年3月18日  弁護士のカバーレター完成(3回、こちらでも読み直した)
2010年3月22日  I-140電子申請(これがpriority dateとなる)
2010年4月5日   I-140およびI-485申請書類受諾(これがAOSのreceive date)
2010年4月23日  I-140認可
2010年5月10日  I-485受領書到着(5/5がnotice date)
2010年5月13日  バイオメトリクス予約のお知らせ
2010年5月27日  Helenaでバイオメトリクス
2010年5月31日  H1-B失効(よって離職)
2010年6月8日   I-485認可(GC発行プロセス開始)
2010年6月9日   EADとAPがリジェクト
2010年6月14日  ウェルカムレター到着
2010年6月21日  グリーンカード到着

 最後にGCを申請するにあたりワタシがいえるのは、なにしろあきらめないことだと思う。何が何でも取得するという気持ちで行かないと、この膨大な仕事量をこなす前に心が折れてしまうからね。
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