前回のエントリで触れたように自転車を改修した。その間、しばらく乗れてなかったのだが、その影響(?)もあってか体重が重く感じられる日々...ついにはアパートのジムを使う決断をするも、昨日は暑すぎて(33℃!)断念。  だが今日はちょっと頑張った。今日も午前中にもかかわらず30℃越えだったが、近くのトレイルヘッドまで往復する。たかだか6マイル程度の距離だが、汗だくになって帰ってきた。

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Craigslistで買った時の状態はこんな感じ現在、最新の状態ではオリジナルの部品はフレームのみ


 しつこいようだが、改めて改修前後の差を写真で紹介。上記のようにクロームモリブデン鋼のフレーム以外(正確にはリアのリフレクタも)は総とっかえである。昨年の改修ではドライブトレイン(チェーンリングやスプロケット、前後ディレイラー、コクピットの前後シフター)と前後ブレーキ、ホイールの交換だったが、今回はフロントフォークやヘッドセット、フロントのディスクブレーキ化と、かなりラジカルに改修した。

 特にブレーキはリアはカンチレバーだがAvidの上位モデル、Shorty Ultimate、フロントのディスクブレーキは2013年モデルのAvid X0と、まあビギナーレベルにはもったいないクラスの装備。ちなみにこれらはeBayで格安で入手したから導入した。ほかにも勿体ないレベルの装備品としてはクランクセットがShimanoのXT FC-M770で上から2番目のグレード。当然、このクランクセットをインストールするためにはボトムブラケットをオリジナルについていたカートリッジ式(とっても古い規格のスクエアテーパー)から外部式(比較的近代のホローテックII)にしなければならなかった。これの交換も大変だったのはミシガンでの良い思い出である。

 その一方でできなかったこともある。フレームの規格が非常に古いため(このバイク自体は84年に販売されていたものらしい)、ヘッドセットは1インチのものしか取り付けられない。そうなるとフロントフォークも1インチのものと決め打ちになる。だから1インチのステアリングバーのフロントサスフォークを探すとなると、私が知る限りでは米国ではすでに2,3種類しかない。当然、高級サスを扱っているメーカーはすでにこの規格から撤退してしまっている。またサドルピラー(サドルを支えるパイプ)もクロモリ時代の規格なので現在のバイクのものよりかなり小さい。だから走行中に自在にサドル高を変更できるドロッパーポストの導入は断念した。まあ現状で最も良い(プラスコストに見合った)ものをかき集めて再構築した感じのものである。

 ただこのバイクではより激しい地形を走るには力不足となるだろう。ってゆーかワタシ自身がチカラ不足なんだが。だからいつかコロラドやユタ、モンタナなどの中西部の大地をチャリで駆け抜けるときは、新しいバイクを買わなければならないだろうなと朧げに思っている。だかしかし、このバイクでとりあえずはありとあらゆる路面を練習しまくってオヤジライダーとしての矜持を磨いていこうと思った次第である。


 ところでなんでこんなともすれば物欲にまみれたことをダラダラと書いたのだろうかとちょっと自問してみた。研究職から離れて2年半たってしまったわけだ。たぶんワタシは研究職に戻ることはないだろうとちょっと思っている。実際、アカデミックな活動はしていないに等しい。これはもう研究者としては堕落以外の何物でもないだろう。まあすでに2報のドラフトをモンタナ、ミシガン時代のボスにそれぞれ託してあるんだが、なかなか投稿はされなさそうだ。

 そんな中、今月から今の会社で昇進した。給料も2001年にデラウェアにたどり着いたときの約3倍だ。生活もちょっとはラクになって泣きそうである。仕事の内容はともかく、まわりに評価されていることに自分のなかで価値を見いだせつつある。昇進にともない、アサインも増えた。これまでの業務に加えて化学に関連することもやっていく。こんな中、研究職(あるいはファカルティポジション)を模索するのは年齢的にもどうなのだろうかと常に自問し続けている。そんな自分にとって新しい業界内での3年間である。

 たぶんだけど、こんなふうに気楽に生きてますよと数少ない読者に伝えたいんだろうな。そんな感じなのかもしれない。まあこの仕事でどこまでいけるかわからないけど、もうちょっと頑張っていこうかと思った次第である。