米国けんきゅうにっき

はじめまして!2001年に日本を飛び出し米国へ。研究分野は化学でしたが、2005年のはじめに職場を東海岸から山の中へ移し、その際に研究分野も大きく変えました。そして2010年に結婚とグリーンカード取得。さらにさらに2011年夏に再び1800マイルを東に向かい、新天地、ミシガンに生活の場を移しました。2016年夏に仕事の都合でテネシーに引っ越しました。クルマ関係の仕事ですが、未だに合間を見ては投稿論文の準備をしています。まあ、せっかくの貴重(?)な人生なので、日々の出来事を残しておくことができれば幸いです。

2007年06月

空気嫁

 あ~、MSUのハウジングオフィスのハナシ。昨日、メールが来た。大学の寮の空きが出来たという旨。7月7日(七夕だ!)に入れるがどうよ?ってコトだが、すでに"バードハウス(ニックネームらしい)"と契約しちまったから、ダメだと。それより今住んでいるアパートの契約終了まで2週間切っている状態で、他の住む場所を契約していないなんてあり得ると思うのかね、と小一時間ほど問い詰めたかったのだが、ここは大人の対応をする。

 まあそことは縁が無かったとゆーことだろうね。バードハウスの管理人はかなり親切なので、個人的にはそれも含めて契約の価値があると思った。またこういった履歴や経験もまた今後の生活で有用であろう。

 大学付属の寮(アメリカに入国したてだと、なかなか住む場所を探すのは大変だから大学付属のハウジングオフィスがあるわけだが)を使わないということは、いろいろな責任が生じてくる。例えば、電気・水道・ガス・電話なんてのもあるし、各種住所変更なんかも全部やるわけだ。当たり前のコトなんだけどね。大学の寮の場合は水道・ガス・電気が家賃込みなので、この契約をする必要がない。電話は現在、アメリカでは携帯が主流なので固定電話を契約するひとも減っているとか。(ちなみに携帯の契約のほうがいささか簡単だと思う。)

 引っ越しに伴う必然の手続きだが、これが入国したてだといろいろと不便なのだ。たとえばたいていの契約にはソーシャルセキュリティナンバー(SSN、社会保障番号)が必要なのだが、現在はこの発行にいろいろと制限があるらしい。さらにクレジットヒストリ(個人資産の履歴)がない場合、まあつまり上記の様な条件だと、アパートを借りるにも保証人(cosigner)を立てる必要がある。そういった理由で寮を持たない大学に通う学生はルームメイト(すでにヒストリをもつヒト)と部屋をシェアしたりするわけだ。ワタシも最初の2年はルームメイトとともに部屋をシェアした。すべてに於いて日本とはまったく生活様式が異なると思う瞬間だったね。

 さて明日はベッドとカウチを運び出す予定だ。

引越、引っ越しぃぃぃぃ~

 論文が通った(受諾された)。直しが4回入ってだ。昨年の夏に最初のドラフトを書き上げてから約1年かかったことになる。個人的に4回もリヴァイズが入るというのははじめてなのだが、最後の直しはなんだかかなり神経質なカンジだった。あとはガリ版(galley proof)での最終確認が残っている。雑誌はJournal of Inorganic Biochemistry。ええ、マイナーな雑誌ですが、興味が在ったら探してみてください。

 さて現在のアパートの契約終了が今月いっぱいである。引っ越し先は実は決めた。大学のすぐ近く。ってゆーか、化学科の建物のすぐそばだ。(研究室自体もこの秋に引っ越しちゃうから、ちょっと遠くなるけど......)今週はじめに契約して、昨夜からすこしずつ荷物を移している。でかいブツ(ベッドとかカウチ)は今週の土曜日にU-Haulの予約を入れたので、それで運ぶのだ。あとは電気の契約の変更とUSPS(郵便局)に住所変更をした。前者は電話だが、後者はネット上で変更できるのでラクチンだ。
 新しいアパートは2階と3階が1ユニットという構成で、3階に2つのベッドルームとバスルームがある。2階はリビングとキッチン、あとデッキがある。大学のそばなのでクルマで通う必要がないのと、かかりつけの歯医者のとなりなので、そこが便利かな~?

 最近はアパート探しとかグラント関連でちょっと実験に集中できない日々が続いている。ストレスフルだ。そんなワケなので、パソコンの前で以前に得られた速度論のデータ処理をしている。Michaelis-Menten式の逆関数プロットだ。有名なのはLineweaver-Burkプロットだが、それ以外にHanes-Woolfプロット、Woolf-Austinsson-Hofsteeプロット、Eadie-Scatchardプロットを行った。いずれもMichaelis-Mentenの全曲線回帰計算と良い一致を示したので、データの信頼性は高いといえる。あとはDixonプロットとCornish-Bowdenプロットで評価するかどうかだが......

 この計算処理をする間に誤差をださなければならなくなったので、久しぶりに微分計算をした。(ホントーにいつ以来だろう?学部1年の一次線形以来か?)誤差をもつ変数(パラメータ)同士の積(かけ算)だと誤差の伝搬がおきる。まあ当然のことなのだが、これを導くために偏微分の概念がしばしば利用されるワケだ。そういうわけで、ちょっと微分のテキストを久しぶりに眺めていた。もともと実験化学者なので、こういった屁理屈はあんまり好きではないのだが(もちろん重要だとは思っている)、これもストレスの遠因だろう。

 最近、ブログが滞っているのはこんな理由。それと6年ぶりにカゼをひいたらしい。週末は部屋にヒキコモっていた。実はカゼをひくのは米国生活以来はじめて。ビタミンを摂ったり、睡眠をとったりしたおかげで、かなり復調した。まあ一人暮らしの病気はなかなかつらいからねぇ。みなさんもお体を大切にね!

 

the Resurrection of X JAPAN

 ソースがスポニチだけど......

>「X JAPAN」復活 年内にライブ
6月4日6時5分配信 スポーツニッポン


 97年に解散した人気ロックバンド「X JAPAN」が復活する。年内に新作を発表し、ライブを開催予定。98年に死去した元ギタリスト、hideさん(享年32)への追悼曲の製作も進めている。復活について、元リーダーのYOSHIKI(年齢非公表)は本紙の取材に「慎重にファンの意見を聞きつつ準備を進めている」と明かした。

 解散から10年。YOSHIKIは「ぼくの意志は固まっている。ファンの人生でもあったバンドだから、慎重に意見を聞きつつ復活の準備を進めている」とし、初めて「復活」の言葉も口にした。

 今年3月には、米ロサンゼルスで元ボーカルのTOSHI(41)を招いた。hideさんに向けて作詞、作曲した「WITHOUT YOU」をピアノで演奏しながら、TOSHIに歌わせた。

 「インスト(伴奏だけで歌なし)で(98年にソロアルバムで)発表した曲だけど、もともと詞は作っていて、誰かに歌ってもらいたいと温めてきた。TOSHIに歌ってもらったらパズルがスパッとはまった感じ。ジーンときた」。居合わせたスタッフによると、TOSHIも涙を流しながら歌唱していたという。

 2人の再会は昨年11月。その後もたびたび電話で連絡を取り合ってきた。

 今後はギタリストのPATA(41)、ベーシストのHEATH(39)も合流し、解散時のメンバーでの復活が内定。hideさんのパートについては「ゲストを迎える形がいいと思う。1回のライブで10数人とか」と構想を明かした。

 復活ライブは年内にロスからスタートする見込み。TOSHIの歌声を入れた「WITHOUT…」も発売する予定だ。実現すればX JAPANとしての新曲は、97年大みそかの解散公演で披露された「THE LAST SONG」以来となる。

 YOSHIKIは「hideが亡くなってから、ファンからは“再結成したら殺す”とか“再結成しなかったら死ぬ”とか、どっちにしても過激な意見が多かった。安易に判断できないと思って、何も前に進めない自分もいた。(X JAPANの)復活は自分にとってのけじめでもある」と明かした。



 これが事実なら素直にウレシイ。実わワタシはX JAPANのファンであった。YOSHIKIの織りなすクラシカルメロディとハード系のリズムの融合はかなりのワタシ好みだったのである。ロックやヘビメタ系のファンにはネタ扱いされる傾向があるが、ワタシには間違いなくNo.1のアーティストのひとつであった。

 hideが亡くなったのが1998年。すでに9年も経っているんだ。まだたしかワタシは学生で青葉台の駅でその事実を知った。ゴスロリ系の格好をした女子が号泣していたのだ。YOSHIKIとは好対照であったhide。彼の遺作、「ever free」とその作品を用いたトリビュートアルバムはちょっとジンときたよ。最後に収録されているYOSHIKIのピアノ演奏、「GOOD-BYE」にはなんだか"平穏"を予感させるライン、それは彼のhideへの想いなんだろうな。

 たしかYOSHIKIはとーっても激しい性格で、ティーンエイジの頃は相当のワルだったとか。それ以来のTOSHIとの友達関係、そして解散以来のその破綻。そんなときを経ての"復活"は自分的にかなりうれしかったのである。


久々の経過報告

 まず、今日のエントリは愚痴である。だから不快に思われたかた、ごめんなさい<(_ _)>

 一昨日、経過報告があった。まああれだ、研究の進捗状況をボスに報告する会だ。ウチのグループは大抵、その後にボスがみんなにおごってくれるわけなのだが......今回はちょっとしたハプニング。ワタシの報告はつつがなく行われたのだが、同僚のポスドクが彼女の発表途中で急に具合が悪くなってしまい、座り込んでしまった。ボスもそうだがワタシも彼女がそんな状態であるとは、Johnが彼女に呼びかけるまでこれっぽっちも気づかなかったのだ。原因は前日に摂っていた薬の影響ということだったので大事には至らなかったワケだが......彼女の発表内容に留意しており、まったく彼女の状態に気づかなかった自分自身に軽くショックを受けた。こうやってチモナミダモナイ非人格者が生まれるのだろうか、と。

 ところでその同僚は計算化学に特化した研究をしている。こういってはなんだが、実際的な実験などにはそんなにセンスがない。そんな中、その日の経過報告では彼女は果敢にも実験の報告をした。ワタシと同日に測定した極低温のESRを用いたスピン定量、スタンフォードの高エネルギー研究所で依頼測定したX線吸収スペクトル、そして大腸菌の培養状況だ。ワタシの個人的な感想では、正直言って脇が甘いデータだとは思っていたのだが、珍しくボスも同様な追求をしていたのが印象的であった。その直後に上記の様に座り込んでしまったので、ボスもちょっとショックだったのではないだろーか?そんな話題を昨日のお昼ご飯にAronとビールを飲みながら話題にしていた。

 最近は化学でも計算がはやっている。そうはやっているのだ。近年の飛躍的なコンピュータの性能向上というのも理由の一つだと思うのだが、化学計算用のユーザーパッケージ自体の利便性の向上もあるようだ。さてワタシはある都内のオタク大学を卒業しているが、ここの化学化では2年および3年進級時に特定の科目を履修できていないと、3年時での履修科目が限りなく限定される、あるいは2念以上に進級できない仕組みとなっている。だから3年次にしか履修できない「反応速度論」とか「量子化学」には両手で数えられるほどの同級しか居なかった。化学科を卒業したヒトでも「量子化学」の授業を履修していないニンゲンは掃いて捨てるほどいるわけだ。
 さて米国でもそんなことがあるようだ。その同僚は「量子化学」どころかその基本である「線形代数」も履修していなかったらしい。言い換えればシュレーディンガーの波動方程式とか変分法、それどころか行列式などなどの扱いを知らなくても「計算化学」を用いた研究はできるという、なんだかヘンな状況なのである。
 ワタシはホントーに計算化学の基礎の基礎しか学ばなかったので、これでプロフェッショナルで生きていこうとはこれっぽっちも考えていないし、計算を生業にするとゆーことはその本質を当然、理解している(ワタシはそーではない)と思っているのだが......まあ、そんな状況であり、同僚はコンピュータの前でせっせとデータの解析、ワタシはラボでバクテリアやヘンな化合物まみれになっていたり......という棲み分けになっていたのだ。当然、後者は実際的なラボでの労働時間は多くなるし、体力も消耗する。時間もかかるので論文なんかもなかなか執筆できない。その反面、計算屋はコンピュータリソースによるけれども、机の前に座りながら、コンピュータの出力結果を元に論文を執筆できる。実際、同僚は10ヶ月ほどワタシよりあとからウチのグループに参加したにもかかわらず、ワタシよりも先に論文を出した、というわけ。まあ、ちょっと不満があるのだよ。

 ワタシも数学の授業はあんまり受けていなかったので、どちらかといえば苦手な部類に入る。同僚のJohnなんかはこのサマーセッションで「微分方程式」の授業を履修しているのだが、それには頭が下がる思いだ。(彼は昨年のセッションでも「線形代数」を履修していた。)ホントーは学者たるもの、たとえ分野が異なっていてもいろいろなものに興味を持ち、将来のために(たとえ今は役に立たなくても)学び続けるべきなのだろう。

 まあチラシの裏の落書きだ。
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