さて今日は久しぶりに研究のオハナシでもしようか......

 ワタシの元々も専攻は遷移金属錯体の合成と同定である。つまり無機化学だ。しかし今居るラボは生化学である。無機化学となんの関連があるのかといえば、扱っているタンパク質が重金属(特に銅イオン)を含んでいる所謂、金属タンパク質だからだ。

 そういうわけで、生化学のノウハウをあんまり持ち合わせていなかったワタシなのだが、この新年明け早々、電気泳動のスキルを重点的に磨くことにした。ちなみにウチのラボでも電気泳動はタンパク質精製後に行うがあくまでもツールである。プロテオミクスの様に偏執的(といっては失礼だが)に電気泳動をしつづけるというわけでは無かった。今回、電気泳動をフォーカスした理由は二つある。一つは時間的及び精神的ゆとりができたこと。そしてもう一つは(ウチの機器でできる)タンパク質間の相互作用を調べる方法を模索していたのである。

 タンパク質で行う電気泳動といえばポリアクリルアミド(Polyacrylamide)を用いたPAGE(PolyAcrylamide Gel Electrophoresis)が一般的で、SDS(Sodium Dodecyl Sulfate、ドデシル硫酸ナトリウム、洗剤などに用いられる界面活性剤)をタンパク質に作用させることでミセルを形成させタンパク質表面を負電荷にしPAGEを流す方法をSDSA-PAGE、タンパク質そのものの表面電荷のみを利用してPAGEを流す方法をnative PAGEという。

 今回、注目したのは後者のnative PAGEだ。タンパク質の相互作用を見るという目的としては決して洗練された方法とは言い難いのだが、まあやってみないコトにはわからないのでやってみることにした。またワタシ自身もnative PAGEを流したことがなかったので良い経験になるだろうと思ったのである。ちなみにタンパク質間の相互作用を見るのならば等温滴定(Isothermal Calorimetry)の方がより良い方法といえるのだが、今、ココでは引っ越しが済んだばかりでITCのセッティングが出来ていないのである|||(-_-;)||||||

 簡単にいえばPAGEとはタンパク質表面が負に帯電したものを電位差のある場におくことで負の方向に移動する現象を利用したものである。この移動度は分子量(とサイズ)に依存するので、タンパク質の分子量からの同定にもっともポピュラーな方法であるといえる。そんなPAGEであるが、DavisとOrnsteinにより開発されて以来さまざまな工夫がなされている。その一つに導入したタンパク質のバンドをよりシャープに収束させるためのスタッキングゲルが挙げられる。これは電気泳動に用いるバッファ(トリス/グリシンでpH8.3)よりも低いpH(6.8)で固めており、Kohlrausch反応がスタッキングゲル上で起こるためである。これはpH6.8では電気泳動バッファ中に含まれる塩化物イオンとグリシンイオンの移動度差による。グリシンのpIは5.97でスタッキングバッファのpH6.8の条件では塩化物イオンよりも遙かに中性に近い。それ故に泳動速度は非常に遅いのだ。それ対して塩化物イオンはpH6.8では高い負電荷であり、速い移動度となる。つまり、その塩化物イオンとグリシンイオンの中間にある表面電荷をもつサンプルがこのスタッキングゲル中で濃縮されるのである。これをKohlrausch領域という。
 SDS-PAGEの場合、SDS由来の負電荷がこのKohlrausch領域内にあり、うまく濃縮されるのであるが、native PAGEの場合はそういう風にうまくいくわけではない。これはnative PAGEではタンパク質表面負電荷のみがイオンの移動に貢献しているためだ。だからうまくpHを変化させたり、濃度を振ったり、バッファの種類を変えたりといろいろ工夫しなければならない。

 さてワタシの今回の目的はタンパク質同士の相互作用を直接観測するものだ。これは静電力が主な相互作用の因子である場合、pHに大きく依存することになる。したがってpH6.8のスタッキングゲルを通過させるのはためらわれた。タンパク質相互作用がpH6.8の条件下で失われる可能性があることもさることながら、2つのタンパク質共存下での反応速度のpH依存性によればより高い至適pHを示していたためだ。こういったときのために(かどうかは知らないが......)、スタッキングゲル無しで行う電気泳動(Continuous native PAGE)というものがある。McLellanらが開発した条件で、今回はpH8.7と7.4を試してみた。(そこまで到達するのに何度もゲルを作っては流していたのだが......)
 pH8.7ではトリスとホウ酸、7.4ではイミダゾールとHEPESの組み合わせ。このバッファでゲルも作るので、それぞれの条件では試料バッファも互換性がない。まあ非経済的な実験である。

 何度も言うがこの実験計画は全く洗練されていないとゆーか、どっちかといえばstupidだと思う。ただ運が良ければ見えるかもしれないというだけだ。特に今回の様に電子伝達タンパク質と還元酵素の複合体を直に見たいっ!という欲求にはそぐわない気がするのだ。(たいていそういった組み合わせは速い平衡状態のハズだから。)
 まあnative PAGEを見る限りではコントロールより遅い移動度だったので、楽天的に見れば悪くないデータだが、ちょい説得力に欠ける。そんなわけで来週はこのnative PAGEからWestern blotでもやってみようかと思う。